第5章 現代のクィーンズ・ギャンビット受諾
クィーンズ・ギャンビット受諾はある時期のチェスの思考が
布局の当代の取り組みにしばしばどのように反映されて
いるかの好例です。19
世紀にはこの布局は決まって固定
されたポーンの陣形になりました。白は d4
に孤立ポーンを
抱えながらも代償として駒の自由な展開が可能でした(クィ
ーン側ビショップが閉じ込められていませんでした)。今日
(1950
年頃)では黒は ...cxd4 を避けて白の d4 に圧力を
かけることにより白がクィーン側ビショップを外に出すのを
防いでいます。
クィーン側で展開が完了できるまでは黒の目標は争点と
それの維持です。それを白はセンターでの進攻、たいてい
はポーンの犠牲によって反撃しようとします。
アリョーヒンの防御法
本局は現代の布局定跡の複雑さの好例です。我々は駒
得や詰みといった勝敗に直結する明確な目的のための
遠大で広範囲な手筋にはお馴染みです。しかしここでは
アリョーヒンが布局で意表の非凡な手筋を繰り出してただ
ひたすら争点を維持しクィーン側のポーンが解体されるの
を防ぐのが見られます。
【第31局】エイベ(M.Euwe) - アリョーヒン(A.Alekhine)
バート・ナウハイム(Bad Nauheim)、1937年
1.d4 d5 2.c4 dxc4 3.Nf3 Nf6 4.e3 e6 5.Bxc4 c5
6.O-O a6 7.Qe2 b5
8.Bb3
この手は黒のクィーン側ナイトが既に c6 に展開している
時にだけ良い手となります。正着は 8.Bd3 でこれに対して
8...Bb7?
は悪手で 9.dxc5 Bxc5? 10.Bxb5+ で白のポーン
得になります。黒は 8...Nbd7 と指すべきですが 9.a4 b4
10.Nbd2 Bb7 11.Nc4 で黒のポーンは動けず弱体化するか
もしれません。
8...Bb7 9.a4
9...Nbd7!!
意想外の手です。黒のポーンの態勢をそのままに保ちま
す。10.axb5 と取ってくれば 10...axb5 11.Rxa8 Qxa8
12.Qxb5 Bxf3 です。
10.Rd1 Be7 11.dxc5 O-O
このポーンの犠牲で黒は争点を維持することができます。
12.Bc2
狙いは 13.b4 で、黒に 12...Bxc5 を強います。エイベは
12.c6 を推薦して 12...Bxc6 13.Ne5 Qc7
14.Nxc6 Qxc6
15.Bc2 で双ビショップとポーンの形が良いとしています。
しかし黒は 13...Bb7! が有望で 14.axb5
Qc7! 15.Nxd7
Nxd7 16.bxa6 Nc5 でポーンを損しても十分な代償がある
ように見えます。
12...Bxc5 13.Ne5
堅実に 12.Nbd2 と指すのが良い手でした。
13...b4
ようやく白はクィーンズ・ギャンビット受諾に典型的なこの
手を黒に指させることができましたが手がかかり過ぎまし
た。
14.Nxd7 Nxd7
15.Nd2
15.Bxh7+ Kxh7 16.Qd3+ f5 17.Qxd7 Qxd7 18.Rxd7 Rad8
は黒良しですが 15.e4
の方が本譜の手よりも優りました。
15...f5 16.Nb3 Bd5! 17.Nd4 Bxd4 18.Rxd4
18...b3?
正着は 18...Qb6 19.Bd2 a5 で白の黒枡ビショップを抑え
込む手でした。
19.Bd3 Nb8 20.Bc4 Nc6
21.Rd2
21.Rd1? は 21...Bxc4 で白の駒損です。
21...Qb6
最善手です。黒はポーンを犠牲になにがしかの代償を得
ます。
22.Bxd5 exd5 23.Rxd5 Nb4 24.Rd1
24...Nc2?
これが敗着になりました。24...Rac8 25.Bd2 Rc2 26.Qf1
Na2
なら黒の態勢が強力でポーン損の代償が十分にあり
ました。
25.Rb1 Qc6 26.Bd2 Qxa4 27.Bc3
局面が明瞭になりました。黒のナイトが以降の指し手に
影響がないのに対し白のビショップは黒の最も脆弱な地
点に睨みを利かせています。
27...Qb5 28.Qf3 Rad8 29.Qg3 Rd7 30.Rd6 Rff7
31.Rbd1 f4
白には 32.Rxd7 Rxd7 33.Rxd7 Qxd7 34.Qb8+ Kf7
35.Qxb3+
という狙いがありこのポーン捨てはそれを防ぐ
ためです。
32.exf4 a5 33.f5 a4
b ポーンに紐をつけて先の白の狙いを防いでいます。
34.f6 g6 35.h4 Rxd6 36.Qxd6 h5
36...Qe8 は 37.Qb6 です。
37.Qe6 1-0
37...Qb8 と守っても 38.Rd7 Qf8 39.Re7 で防ぎがありま
せん。
投稿者 yamagishi
第5章 現代のクィーンズ・ギャンビット受諾
エイベの指し方
本局は前局と対を成す興味深い試合で、クィーンズ・ギャ
ンビット受諾に対する時直面する複雑な戦術をさらに良く
表しています。
【第32局】エイベ(M.Euwe) - アリョーヒン(A.Alekhine)
番勝負第5局、1937年
1.d4 d5 2.c4 dxc4 3.Nf3 a6 4.e3 Nf6 5.Bxc4 e6
6.O-O c5 7.Qe2 Nc6
8.Nc3
表面的にはこの手は当然の展開の手に見えます。しかし
だいぶ以前からこの手が旧来の 8.Rd1
よりも強い手であ
ることが広く認識されていました。8.Rd1 は 8...Qc7
9.Nc3 b5 10.Bb3 Be7 11.dxc5 Bxc5
12.e4 Ng4 で手が
戻り(f2 のポーンが狙われている)13.e5 と指せません。
8...b5 9.Bb3
9...Be7
この試合が行なわれたころは 9...Be7 は手損を伴っても
9...Bb7 より安全であると考えられていました。今日(1950
年頃)では 9...Bb7 もまた指されるようになりました。という
のは 10.Rd1 Qc7 11.d5 exd5 12.e4 の後
12...d4! で危な
い筋はあっても黒が争点を維持できるからです。
10.dxc5 Bxc5 11.e4 b4
ここで 11...Bb7 は意味のない手ですが 11...Nd7 は考え
られました。
12.e5 bxc3
12...Nd7 と引くと 13.Ne4 がものすごく強い手になります。
13.exf6
13...gxf6
13...Qxf6 と取るのは 14.Qc4! Qe7 15.Be3 です。この変
化中 14...cxb2 と取るのは 15.Qxc5
bxc1=Q (15...bxa1=Q
16.Qxc6+ Kd8 17.Rd1+ Ke7 18.Ba3#) 16.Raxc1 Bd7
17.Ba4 Rc8 18.Rfd1 で猛攻が続きます。
14.Qc4 Qb6 15.Qxc3
15...Nd4
15...Be7 は 16.Be3 Qb5 17.Rac1 Bb7 18.Qc2 で白良し
です。
16.Nxd4 Bxd4 17.Ba4+ Ke7 18.Be3!!
意表の一手です。この手で白の攻めが続きます。
18...Bxc3?
良い受けの手は 18...Rd8 19.Rad1 e5 20.Bxd4 Rxd4
21.Rxd4 exd4 (21...Qxd4 22.Qc6)
22.Qf3 で白の攻撃が
続きますが黒にも受けのチャンスがあります。
19.Bxb6 Be5
黒は白の狙いの 20.Bc5+ に対して何とかしなければなり
ません。19...Bb4 は 20.Rfd1 (狙いは 21.a3 Bd6
22.Rxd6)
Rb8 21.Bc7 Rb7 22.Rac1 で 23.a3 の狙いが残ります。
20.Rad1
20...Kf8
20...Bd6 は 21.Rxd6 Kxd6 22.Rd1+ Ke5 23.Bc6 で駒損
になります。
21.f4 Bxb2 22.Rf3
この落ち着いた手が決め手です。22...f5 は 23.Rb3 Bf6
24.Bc6 で白の駒得になります。
22...Bb7 23.Rg3
23...Ba3
他に詰みを免れる手がありません。23...Rc8 は
24.Rd8+ Rxd8 25.Bc5+ です。
24.Rxa3 Rg8 25.Rg3 Rxg3 26.hxg3 Bd5 27.Bb3 Bxb3
28.axb3 Ke8 29.b4 Rb8 30.Bc5 Rc8 31.Ra1 Rc6
32.Kf2 f5 33.Ke3 f6 34.Kd4 Kf7 35.Kc4 Kg6 36.Rd1
Kh5 37.Rd6 Rxd6 38.Bxd6 Kg4 39.Be7 Kxg3 40.Bxf6
Kxf4 41.Kc5
1-0
黒の 9
手目のようなほんの些細なミスが白に手得を与え
センターでの進攻を許し致命傷になり得るという点で非常
に参考になる試合でした。白はクィーン交換にもかかわら
ずこの有利を持続させ攻撃を論理的な帰結に結びつける
ことができました。戦略の傑作です。
投稿者 yamagishi
第5章 現代のクィーンズ・ギャンビット受諾
ボトヴィニクの指し方
白が早期の a4 ポーン突きによってクィーン側での黒の
ポーンの進攻を阻止しようとした時の戦型もまた重要で
す。白が自陣の b4
の地点の弱体化を恐れる必要は全
然ないことをボトヴィニクが証明した時にこの旧来の指し
方は新しい命を吹き込まれました。彼は多くの重要な対
局でこの戦型を何局か採用し彼の優れた戦術感覚は多
くの妙手となって現われています。
【第33局】ボトヴィニク(M.M.Botwinnik) - ケレス(P.Keres)
モスクワ、1941年
1.d4 d5 2.c4 dxc4 3.Nf3 a6 4.e3 Nf6 5.Bxc4 e6 6.a4
6...c5 7.O-O Nc6 8.Qe2 Be7 9.Rd1 Qc7
10.h3
この戦型の重要な局面に到達しました。白はこの手を省
略してもっと活気ある指し方をすることができるのでしょう
か?1946
年グローニンゲン(Groningen)での対エイベ
(Euwe)戦でボトヴィニクは 10.h3 の代わりに 10.Nc3 と指
し以下
10...O-O 11.b3 Bd7 12.Bb2 Rac8 13.d5 と進んで
有利な局面になりました。しかし研究によると 11...cxd4
12.exd4 Na5 13.d5 Nxc4 14.bxc4 exd5 15.Nxd5 Nxd5
16.cxd5 Bg4!
で黒の楽な試合になることが分かりました。
10...O-O 11.Nc3 Rd8
12.b3
ボトヴィニクはセンターでの争点を維持しました。他の手
は 12.d5 ですが以下 12...exd5 13.Bxd5 Nb4 14.e4 Nfxd5
15.exd5 Bf5 16.Bf4 Qxf4 17.Qxe7
(レシェフスキー
(Reshevsky)対ファイン(Fine)、ゼメリング・バーデン
(Semmering-Baden)、1937年)と進み面白いねじりあい
になりましたが白に有利とはなりませんでした。
12...Bd7
ケレスはシュタイニッツ流のクィーン側ビショップの展開を
選びました。12...b6 は 13.d5 exd5 14.Bxd5 で Qc4
の狙
いがあり白に攻勢を与えます。
13.Bb2 Be8 14.d5
ようやく白はこの典型的な突っ掛けを行なうことができま
す。
14...exd5 15.Bxd5 Nd4!
黒は単純化を目指さなければなりません。さもないと白
がすぐに e4-e5 でセンターに優位を築いてしまいます。
16.Nxd4 Nxd5 17.Nf5 Nxc3 18.Bxc3
18...f6
18...Bf8 と受けるのは 19.Qg4 g6 (19...Bd7 20.Nh6+)
20.Qg5 の後 21.Qf6 があります。
19.Qg4 Bg6 20.Ba5!
20...Rxd1+
20...Qxa5 と取るのは 21.Nxe7+ Kf7 22.Nxg6 hxg6
23.Rd7+ で恐らく白が勝つでしょう。
21.Rxd1 Qe5 22.Nxe7+ Qxe7 23.Rd7 Qe4
24.Qg3 Qc6
25.Qc7 Qxc7 26.Rxc7
26...Rb8 27.Bb6 Bc2 28.a5 Bxb3 29.Bxc5 Bd5
30.f3
Bc6 31.Bb6 Rf8 32.Bc5
32...Rf7 を防ぎました。
32...Rd8 33.e4 Rd7 34.Rc8+ Kf7 35.Kh2 Rd2
36.Kg3
Bb5 37.f4 g6
必要な手です。さもないと 38.Rc7+ から f5+ で非常に危
険な事態になります。
38.f5 gxf5 39.exf5 Bc6 40.Kf4
40...Rd5
40...Rxg2 なら 白は 41.Rc7+ でポーンを取り返すか千日
手にできます。
41.Rc7+ Rd7 1/2-1/2
この戦型は前の2局ほど一般的ではありませんが、それ
でも争点の維持と白の d5 によるセンター進攻の努力と
を良く表しています。
黒の防御法はシュタイニッツ・システムのようにナイトを
d5 に据えようと「しない」ことに特徴があります(黒はクィ
ーン側ナイトで b4
の「穴」を占拠できるのでここではさら
に強い指法に思えますが)。白は Ne5
と指すことにより
十二分の代償を得られることが経験から分かっています。
まとめ
クィーンズ・ギャンビット受諾の各章では過去と現在の並
み居る偉大な巨匠たちが白の孤立 d4
ポーンの問題に
対処するのを目撃してきました。強みなのかそれとも弱
みなのか?もし強みならば白はこの潜在的な収局での
足かせを補う十分な攻撃を得られるのだろうか?ド・ラ・
ブルドネ(de
la Bourdonnais)の時代から攻めの技術は
受けの技術より優っていました。そして優位の振り子は
防御の達人のシュタイニッツが 1886
年のツカートルト
(Zukertort)との番勝負で防御法を確立するまで白の側
に大きく振れていました。その防御法は今でも模範にな
っていて孤立ポーンを直接攻撃するのではなくせき止め
る手法です。19
世紀末にはシュレヒター(Schlechter)が
白の指法を強化しました(第26局を参照)。それにより
シュタイニッツ戦法(センターでの早期のポーン交換)が
事実上駆逐されました。
主にクィーンズ・ギャンビット・オーソドックス防御およびカ
ロ・カン(Caro-Kann)のパーノフ・ボトヴィニク(Panov-
Botwinnik)攻撃からの転移から生じる変化で用いられる
現代の指法に目を転じてみましょう。シュタイニッツの戦
型の改良はクィーン側ビショップを(シュタイニッツ流の
...Bd7-e8 でなく)もっと効果的な b7
に展開させようとい
う黒の試みです。それは戦術的な理由で容易ではない
のですが、成功すれば黒にとって有利な材料になります。
最後の第5章では現代のクィーンズ・ギャンビット受諾を
扱いました。黒が白のクィーン側ビショップを制限するた
めに d4
での交換を避けるので白の孤立 d4
ポーンは見
かけられませんでした。これに対して白はセンター進攻へ
の準備としてビショップを解放しようとします。それは通常
は大変熾烈な争いになり、どちらにとってもわずかなミス
が命取りになることさえあります。これは研究と戦術を「セ
ンターでの争点を維持せよ」という一つの目的に括りつけ
ようとする現代の傾向を裏打ちしています。
(第5章終わり)
(「激闘争覇のクィーンズ・ギャンビット」終わり)
投稿者 yamagishi