2005年04月01日
「ルイ・ロペスの進化」(1)
開講に当たって
初心者の間では 1.e4 e5 2.Nf3 Nc6 3.Bb5 で始まるルイ・
ロペスより 3.Bc4 の方が人気があるようです。3.Bc4
は割合
早い段階で駒の取り合いが始まることが多く初心者にとって
分かり易いオープニングであると言えます。これに反してルイ・
ロペスはなかなか本格的な戦いが始まりません。白の
f1 の
ビショップが f1-b5-a4-c2 と一回りしたり、b1 のナイトが
b1-d2-f1-e3(又はg3)
と移動したりして初心者にとっては実に
分かり難いです。黒の b8 のナイトについても同様のことが
言えます。
ルイ・ロペス定跡は15世紀頃に現れ今日でもメジャーな
オープニングの地位を保っています。将棋の方では矢倉戦法
を「将棋の純文学」と言った棋士がいましたが、ルイ・ロペス
定跡はその息の長さからさしずめチェスの純文学に当たるか
もしれません。
ルイ・ロペス定跡における典型的なセンターの戦いは次の
形です。
この形で良く言われるのは「キープ・テンション」(keep
tension)という言葉です。日本語で言えば「緊張(状態)を
維持せよ」ということです。つまり白の d4 のポーンと黒の
e5
のポーンがお互い当たりになっていますが、その関係を
理由なく解消するなということです。
私もそうでしたが初心者はこの中途半端な関係が気持ち
悪くて、白の d4 のポーンで黒の e5 のポーンを取ったり、
d4 のポーンを d5
に進めたりします。しかし d4 のポーンで
e5 のポーンを取れば黒に d6 のポーンで e5
のポーンを
取り返されてセンターの勢力関係が互角になってしまいま
す。また d4 のポーンを d5 に進めれば黒を凹ませて(特に
c6
に黒のナイトがいる場合)気持ちが良いですが、黒の
e5 のポーンが安定して黒を安心させてしまいます。さらに
黒に f7 のポーンを f5
に突かれて e4 のポーンと交換され
ると d5 のポーンが孤立して弱体化します。
黒の方も e5 のポーンで白の d4 のポーンを取ればセンター
(d4,e4,d5,e5)には白のポーンだけが残ります。また d6
の
ポーンを d5 に突いて全面対決を挑む手も失います。
従って適切な理由が発生するまでセンターの緊張関係は
そのままにしておかなければならないのです。
初心者にとってはこの適切な理由がなかなか判断できま
せん。それが初心者にとってルイ・ロペス定跡が難しい
理由なのです。
しかしこのルイ・ロペスのセンターの関係は最も基本的な
ものです。たとえこの定跡の白側も黒側も持って指さなく
とも、基本的なセンターの知識を理解することは、チェスの
理解に役立つものと思います。以前に紹介したイングリッ
シュ・オープニングは全く新しいセンターの考え方に基づい
ていますが、「基本あっての応用」ということで、基本を
理解すれば応用も楽になるかもしれません。
これから約40回に渡って「CHESS FROM MORPHY TO
BOTWINNIK」(Imre Konig 著、Dover
Publications, Inc.
発行)の中のルイ・ロペスの章を紹介していきます。
序文
19世紀にこの著名なオープニングの利点について大論争
がありました。このオープニングは1490年に知られていた
ことは確定していますが、今日の英語圏では1561年に分析
を発表したスペインの僧正の名にちなんでオープニング名が
付けられています。
このオープニングが最初に注目されたのはルイ・ロペスの
研究によるものでした。一局におけるオープニングの手順は
決定的な意味を持つという彼の大胆な主張は批判を呼びま
した。彼は当時の最も優秀な競技者でしたが分析はお粗末
であると決め付けられました。
19世紀においても主要なマスター達は習慣から不十分な
オープニングをしばしば選んでいました。彼らの考えでは
一局の序盤は偶然の価値でしかあり得ず、勝敗は中盤以降
のロマンティックなコンビネーションによって決まるというもの
でした。
19世紀の二人の偉大な権威者はこの問題についてはっきり
した見解を持っていました。ブラックバーン(Blackburne)は
ルイ・ロペス定跡を安全で慎重派のためのオープニングと
呼びました。また、シュタイニッツ(Steinitz)は最善の防御に
対して白は互角の形勢しか望めないという意見でした。彼は
それは今日シュタイニッツ防御として知られる
3...d6 という
手にかかっていると考えていました。
しかしこれらの重みのある非難にもかかわらずルイ・ロペス
定跡は命脈を保ち続けただけでなく人気も上がりました。
実際どれが最良の防御かについては意見の相違が起こり
ました。これこそこのオープニングの強さの証です。これら
の論争はすべて、今日我々が知っていることを示唆してい
ます。即ちルイ・ロペス定跡は攻撃側と防御側の両方に
良い構想を生み出す余地のある柔軟性のあるオープニング
であることです。これは明白にルイ・ロペス定跡を、初手を
キング側から始めるオープニングの中で最もポピュラーに
した要因です。
投稿者 yamagishi
2005年04月06日
「ルイ・ロペスの進化」(2)
第1章 白が急戦でセンターの制圧を目指す
モーフィーの戦法(白番で)
ド・ラ・ブルドネ(de la
Bourdonnais)、マクドネル(McDonnel)、
スタントン(Staunton)、サン・タマン(Saint-Amant)らの昔の
チェス強豪たちはこのオープニングを用いませんでした。
これは興味深い事実で少し説明を加える必要があります。
エバンズおよびスコッチ・ギャンビットはセンターの支配を
めぐってルイ・ロペスよりも、より開放的でタクティクスの
チャンスの多い戦いになると言っても差し支えないでしょう。
1851年のロンドンの大会でバード(Bird)がホルヴィッツ
(Horwitz)戦で大会用の作戦としてこのオープニングを登用
した時でさえ、白は
d2 のポーンを d4
に突いてセンターの
早期の支配を目指していました。モーフィーはまれにしか
ルイ・ロペスを用いませんでしたが彼もこの急戦策を指して
いました。当時はこの急戦策で白が主導権を得られると
考えられていました。
モーフィーは現代(1950年頃)の意味での定跡派ではあり
ませんでした。タラシュ(Tarrasch)は彼をカパブランカ
(Capablanca)と比較して、オープニングの専門家ではなく
マックス・ランゲ(Max
Lange)によって考え出された最良の
手順を好んで用いているだけであると主張していました。
他方シュタイニッツ(Steinitz)とスタントン(Staunton)によれ
ば、モーフィーは彼の全盛期にはオープニングの主要な
リーダーでした。これらの好対照の見解はうまく折り合いを
つけることができるかもしれません。モーフィーは自分が
棋理にかなっていると考えたことを受け入れ、一般原則
には合わないような考え方も認めながら、自分の棋風に
合うように作り直しました。この方法は後にラスカー(Lasker)
やカパブランカのような他の偉大なマスターたちに引き継が
れました。
この観点から、このオープニングの主要な問題、とりもなお
さずそれはすべてのオープニングにとってもそうなのですが、
センターの支配をめぐる闘争というものにモーフィーがどの
ように取り組んだかを見るのは非常に興味深いことです。
【第1局】モーフィー(P.Morphy) - レーベンタール(J.Lowenthal)
14番勝負第14局、1858年8月21日、ロンドン
1.e4 e5 2.Nf3 Nc6 3.Bb5 a6 4.Ba4 Nf6 5.d4
単刀直入な手で、最も直接的な手段でセンターの優位を
勝ち取ろうというのがその目的です。今日(1950年頃)では
めったにお目にかかれません。その理由についてはおい
おい明らかになります。
5...exd4 6.e5 Ne4 7.O-O Nc5 8.Bxc6 dxc6 9.Nxd4 Ne6
この手自体は悪手でないことは確かですが、黒の受けの
選択の幅を狭めてしまいます。柔軟な 9...Be7
については
次の第2局のバーンズ(Barnes)対モーフィー戦に現れます。
10.Nxe6 Bxe6 11.Qe2 Bc5
マローツィ(Maroczy)によればこのビショップは e7 に上がる
べきでした。しかしそれでも 12.Nc3 O-O 13.Be3 の後
14.Rad1 となり、黒のクィーンの活動が不自由です。さらに
黒はいずれかの好ましくない局面に直面しなければなりま
せん。一つは白の
Ne4 によるビショップの交換とその後の
Bg5 で、このエンディングはほとんど黒の負けです。もう一つ
は白の f ポーンの f4-f5
への進撃です。従ってレーベン
タールが e7
の地点をクィーンのために空けておきたかった
のは理解できます。しかし局面の進展から分かってくるよう
に 11...Bc5 は不十分でした。
正着は 11...Qh4 で、次の 12...Bc4 が狙いです。そして
白は次の二つの手のどちらかを選ぶしかなかったでしょう。
一つは
12.Nd2 でその場合黒は 12...O-O-O で、白と黒の
どちらにも勝つチャンスがあるでしょう。もう一つは 12.Rd1 Be7
で、白のルークが f 筋からいなくなれば、黒は白の f ポー
ンの進撃を気にする必要がなくなります。
戦略的な見地から他の手より 11...Qh4
がはるかに良いと
いう判断は、我々にとっては簡単で明白であるように思われ
ます。しかしそれはこの対局からほぼ100年が経過する間に
積み重ねられた知識の恩恵によるものであることを思い起こ
さなければなりません。
12.Nc3 Qe7 13.Ne4 h6 14.Be3 Bxe3 15.Qxe3 Bf5
黒の受けの構想はすべてこの手にかかっていました。もし
16.Qf4 Bxe4 17.Qxe4 Rd8
なら盤上に大駒しか残らない
ので白は優勢を勝ちに結びつけるのが困難だったでしょう。
16.Ng3!
しかしモーフィーは正しい応手を見つけました。
16...Bxc2 17.f4 g6
17...Qb4 が一見魅力的に見えますが、それに対しては
18.Rf2
という応手があります。黒のビショップは逃げ場所に
困ります。たとえば 18...Qxb2? なら 19.Rc1 だし、18...Ba4
なら
19.b3 です。
18.e6!!
前手とこの手のコンビネーションは開放的な局面における
モーフィーの天才の本領発揮といったところです。このポー
ンは取れません。もし取れば
19.Qc3 でビショップとルーク
の両当たりです。18...O-O-O なら 19.Qa7 です。
18...Bf5 19.Nxf5 gxf5 20.exf7+ Kxf7 21.Qh3 Qf6
22.Rae1 Rae8 23.Re5!
小競り合いが一段落したところで大局観によるポーンの
犠牲の素晴らしい効果をじっくり鑑賞してみましょう。表面
的には黒の受けが成功しているように見えます。というのは
黒のキング側は部分的に破壊されただけだし、盤上には
大駒しか残っていないからです。しかし
23.Re5
は白が強力
に局面を支配していることを明白に示しています。モーフィー
は多分無意識にでしょうが現代における拠点の効用を良く
理解していたのでしょう。黒はここではルークを交換すること
ができません。それは白の
f1 のルークを攻撃に非常に
有効に参加させることになり、ひいては白に攻撃態勢を強化
させてしまうことになるからです。
23...Kg6 24.Rfe1 Rxe5 25.Rxe5 Rd8 26.Qg3+ Kh7 27.h3 Rd7
28.Qe3 b6 29.Kh2 c5 30.Qe2 Qg6 31.Re6 Qg7
このあたりの両者の指し方は今日でも凌駕できないと思え
るほどうまく指されています。我々の現代の技術の知識
から言うと、要衝の地点の e5 と
h5 をめぐる戦いと言って
よいでしょう。黒のクィーンは同時に両方の地点を支える
ことができません。31...Qf7 としても 32.Qe5 で
33.Rf6 と
33.Re8 を狙われます。
32.Qh5 Rd5
32...Rf7 と守るのは 33.Rxh6+ でダメです。
33.b3 b5
黒はポーンしか動かせない状況に追い込まれています。
33...Qf8 は 34.Qg6+ Kh8 35.Re8 でおしまいです。
34.Rxa6 Rd6 35.Qxf5+ Qg6 36.Qxg6+ Kxg6
ここからのエンディングは難しくありません。モーフィーの
指し方には非の打ち所がありません。
37.Ra5 Rb6 38.g4 c6 39.Kg3 h5 40.Ra7 hxg4
41.hxg4
Kf6 42.f5 Ke5 43.Re7+ Kd6 44.f6 Rb8
45.g5 Rf8 46.Kf4 c4 47.bxc4 bxc4
48.Kf5 c3 49.Re3 1-0
本局に対する当時の評価は今日ほど高くありませんでした。
モーフィーの素晴らしいポーンの突き捨ての手筋(ビショップ
の締め出しの狙い)、中盤での一見大したことのない有利
への移行、および相手の守りを壊滅させた簡単そうな手法
を考察してみると、カパブランカがたびたび見せつけたのと
同様の名人にふさわしい技量を思い起こします。
「モーフィーは現代のマスターに対してもそのような局面を
得られるのだろうか」という疑問が浮かぶかもしれません。
この疑問に対するある程度の手がかりが次の第2局と第3
局の「アリョーヒン対ケレス」戦の解説から推し量れるでしょう。
投稿者 yamagishi : 20:31 | コメント (4)
2005年04月09日
「ルイ・ロペスの進化」(3)
第1章 白が急戦でセンターの制圧を目指す
モーフィーの戦法(黒番で)
前局で私たちはモーフィーがクィーン・ポーンの速攻に頼って
センターでの地歩を固めようとするのを目撃しました。そして
相手は対処を誤っていました。しかし解説で指摘したように
この作戦は到底満足のいくものではありませんでした。そして
本局で黒番のモーフィーは自分の指した手に直面します。
しかし彼の対策は決定版とはいえません。
【第2局】バーンズ(T.P.W.Barnes) - モーフィー(P.Morphy)
1858年7月、ロンドン
1.e4 e5 2.Nf3 Nc6 3.Bb5 Nf6 4.d4 exd4 5.e5 Ne4
6.O-O a6 7.Ba4 Nc5
モーフィーはセンターの単純化を図ります。当時のチェスの
知識のレベルを考慮すれば目的の明瞭さはより目に付きま
す。そしてこの手は例えば後にツーカートルト(Zukertort)が
指して成功を収めた
7...Be7 8.Nxd4 O-O 9.Nf5 のような
攻撃にさらされる危険性を避けています。この変化もやがて
は Collijn
の「Lärobok i Schack」で 9...Nc5 10.Qg4 g6
11.Bxc6 dxc6 12.Nxe7+ Qxe7 13.Qg5
の後黒が形勢互角
にすることができることが示されました。
8.Bxc6 dxc6 9.Nxd4 Be7 10.Nc3 O-O 11.Be3 f6
マックス・ランゲ(Max
Lange)は「この手で黒は攻勢に転じて
優位に立った」と評しています。現代においてもレーベンター
ル(Löwenthal)が同様の見方をしています。モーフィーのよう
な名声の選手が指した手だからこの手の攻撃性を皆期待
するのです。e5
のポーンと交換することによってモーフィー
は主導権を得ます。しかし局面の恒久的な性格も同様に
重要です。白はキング側でのポーンの数的優位を確保した
ままです。そして白の陣形は極めて堅固で、相手の攻撃を
跳ね除けて有利なエンディングに持ち込むことができるはず
です。それゆえにモーフィーのこの手は良い手ではなく、彼の
構想は正しかったけれどそれを実現するのに必要な技術的
な知識を持ち合わせていなかったことが分かります。80年後
のアリョーヒン対ケレス戦(1937年、ケメリ(Kemeri))で若き
エストニア選手(訳注 21歳)は同じ局面で
11...Re8!
12.Re1 Bf8 13.f4 f6!
と指しました。局面の様相は全く異なっ
ています。白は自ら自陣を弱体化させ、黒はキング側で妥協
なき攻撃を仕掛ける替わりにセンターの筋に圧力をかける
ことができます(次回の第3局を参照してください)。
12.exf6 Rxf6 13.Qe2 Rg6 14.Kh1 Bd6 15.Rad1 Qh4 16.f4
16...Bg4
16...Rh6 なら 17.Nf3 で Bxc5 から Qe8+, Rd8 の狙いが
あります。
17.Nf3 Qh5 18.Bxc5 Bxc5 19.Ne4
19...Bb6
19...Be7 と引いても 20.Ng3 Bxf3 21.Qxe7 でやはり白良し
です。
20.Neg5 h6 21.Qc4+ Kh8 22.Nf7+ Kh7 23.N7e5 Rf6
24.Nxg4 Qxg4 25.Ne5 Qe6 26.Qe4+
バーンズはここまで攻防共に非常にうまく指してきました。
26...Qf5 27.Qxf5 Rxf5 28.g4
マックス・ランゲによればこの手と次の2手が緩手で負けの
原因とされました。今日ではこのような局面ではナイトを g6
に据えるのは当然の手です。モーフィーの同時代の者たち
がいかに盲目的にモーフィーの指し手を信用していたかが
分かります。
28...Rf6 29.f5 Re8 30.Ng6! Re2!
この手には巧妙な罠が仕掛けられていて、同時にモーフィー
の唯一のチャンスでもあります。さもなくば g6 の強力なナイト
と h8
での詰みの狙いで白がほどなく勝ってしまいます。
31.Rd8?
局面はさも単純そうに見えます。しかしモーフィーのような
創造の天才と対した時には細心の注意深さが要求されま
す。マローツィ(Maroczy)の指摘した正着は
31.Rfe1! でした。
31...Rxc2 なら 32.Re8 Rxg6 33.Rdd8 Rc1+ 34.Kg2 Rxg4+
35.Kh3
で白の勝ちです。最善の応手は 31...Rf2 ですが
32.Re8 Rxg6 33.fxg6+ Kxg6 となり白のルークが e
筋に
いるために黒のキングから攻撃されません。従って本譜の
34 手目に現われる黒の巧妙な防御手段が不可能になって
います。
31...Rxg6!! 32.fxg6+ Kxg6 33.Rd7 Rxc2 34.Rff7 Bd4!
ここに至って黒の 30 手目に秘められた罠の正体が明らか
になりました。白の f7 のルークが e7
にいればこの手は
単に取られてしまうだけで何にもなりません。
35.Rxc7 Rxb2 36.Rxb7 Rxa2 37.h4 a5
38.h5+?
この手はかえって黒のキングを好位置に呼び込むだけです。
38.Rfd7 と指すほうが良く 38...c5 なら 39.Rd6+ Kh7 40.g5
だし、38...Bf6 なら 39.Rb6 c5 40.Rd5 で 41.g5 の狙いが
あります。
38...Kg5 39.Rxg7+ Kh4! 40.Rge7 a4!
この手は詰みを狙って黒のキングが接近するのを白のルー
クが3段目に来て阻止するのを防いでいます。結果は黒の
勝ちで終わりました。
モーフィーはこのオープニングの問題を解決することに成功
しませんでした。そしてチゴーリン(Tchigorin)が対策を見つ
けるまでの40年間この戦法が主流となっていました。
投稿者 yamagishi
2005年04月12日
「ルイ・ロペスの進化」(4)
第1章 白が急戦でセンターの制圧を目指す
古典的な攻撃を復活させようとするアリョーヒンの試み
本局は昔のモーフィーの戦法、即ちこれまでの2局に象徴
されるセンターの早期の征服を復活させようとするアリョー
ヒンの試みが見られるので特に興味深いものです。これは
また現代(1950年頃)ならモーフィーはどのように対処したで
あろうかという疑問への手がかりにもなります。
そして最も創造的で攻撃的な選手の一人であるアリョーヒ
ンが、多種多様な手筋や狙い、その一つには有利な収局
への転換がありますが、それらを駆使するにもかかわらず
どのように攻撃を展開することを阻止されるかが明らかに
されます。
さらに白はそれまで知られていた基本的な攻撃態勢を目
指しました。しかしそれが達成できなかったので本当の攻
撃を仕掛けることができませんでした。モーフィーが特定の
局面を征服した時の指し方は今日でも凌駕されていませ
ん。しかし彼は現在の技術を習得しないでそのような局面
に到達できるのでしょうか?
【第3局】アリョーヒン(A.Alekhine) - ケレス(P.Keres)
1937年、ケメリ(Kemeri)
1.e4 e5 2.Nf3 Nc6 3.Bb5 a6 4.Ba4 Nf6 5.O-O Be7
6.d4 exd4 7.e5 Ne4 8.Re1 Nc5 9.Bxc6 dxc6
10.Nxd4 O-O 11.Nc3
Re8
この手は新手ではなく1895年のサンクトペテルブルク(St.
Petersburg)でのラスカー(Lasker)対チゴーリン(Tchigorin)
戦で指されています。ラスカーは自著の「チェスの常識
(Common
Sense in Chess)」で白が手強い局勢であると
考えていましたがその試合では 12.Bf4 Ne6 13.Nxe6 Qxd1
14.Raxd1 Bxe6 15.a3 Rad8 16.h3 Rxd1 17.Nxd1 Rd8
18.Ne3 Rd4!
となり白は何も成果を得ることができません
でした。
12.Be3 Bf8 13.f4 f6!
黒はこの手でキング側の攻撃の替わりに白のセンターを
清算します。確かに前局よりも局面を客観的に取り扱って
いることが分かります。
14.exf6 Qxf6 15.Qf3 Bf5!
ここでも固定観念にとらわれない判断が見られます。当初
は黒の強みは双ビショップにあると考えるかもしれません。
それにもかかわらず黒は一つのビショップを使って、センタ
ーに頑張っている
d4 のナイトを消すつもりです。
16.Bf2
e4 の地点を守りました。
16...Rad8 17.Re3!
非常に巧妙なやり方でルークを重ねます。17...Rxd4? なら
18.Rxe8 です。
17...Bg6 18.Rae1 Bd6 19.Rxe8+ Rxe8 20.Rxe8+ Bxe8
21.g3 Bf7 22.b4!
黒の駒をセンターから引き揚げさせ、キング側のポーンの
数的優位を生かそうという最後の試みです。
22...Ne6 23.Ne4 Qg6 24.f5 Nxd4 25.Bxd4
25...Qh5!
最善手です。25...Qh6 は 26.Be3 Qh3 27.Bc5 で白に主
導権が残ります。
26.Qxh5 Bxh5 27.c3 Bf3 28.Nxd6 cxd6 29.f6 1/2-1/2
モーフィーの2試合と比較すると地味な試合に見えますが、
それは両者が個々の局面を良く理解し、無理を犯さずに
指しているからです。しかしそれは良い面でもあり、今日で
も傑出した選手だけが一般構想を効果的に実行に移して
いくことができるのです。
投稿者 yamagishi