USCF(米国チェス連盟)の機関誌「Chess Life」に掲載さ
れたGMヒカル・ナカムラ(Hikaru Nakamura)関係の記事
を年代順に古いほうから和訳して掲載していきます。ヒカ
ル本人だけでなく家族に関する話題も訳します。ヒカル
の経歴の概略は「フリー百科事典」の「ヒカル・ナカムラ」
の項目を参考にして下さい。URLは次のとおりです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%8A%E3%82%AB%E3%83%A0%E3%83%A9
1995年
初回の今回は1995年5月号の「1994 North American
Open」大会の報告記事からです。ヒカルは1995年から
チェスの大会に出始めたそうなのでこの年にはまだヒカ
ル本人のチェスに関する記事はありません。ここに掲載
されているのは彼の義父にあたるスニル・ウィーラマント
リ(Sunil Weeramantry)の話題です。
何の話題かというとこの大会で結婚式を挙げたことです。
彼はFM(FIDEマスター)で米国でも名の通ったチェスのコー
チです。彼自身この大会に出場していて結婚式の時の
対局は不戦扱いにしたそうです。相手は以前から婚約し
ていたキャロリン・ナカムラ(Caroline Nakamura)で、もちろ
んヒカルの実の母親です。次の写真の向かって左が兄の
アスカ(Asuka)で右がヒカル(Hikaru)です。正式の四人家
族となって皆うれしそうな様子がうかがえます。
次の試合は披露宴の直後の第4回戦の試合です。スニ
ルはまだタキシードを着たままで対局したそうです。ヒカ
ルの父親のチェスを見てみるのも興味深いと思い掲載し
ます。
************************
キングズ・インディアン防御(King's Indian defense)
ゼーミッシュ・パノ(Saemisch Panno) [E84]
白:国内マスター ロナルド・ペレス(Ronald Perez)
黒:FIDEマスター スニル・ウィーラマントリ(Sunil Weeramantry)
1994 North American Open
自戦解説 スニル・ウィーラマントリ
1.d4 Nf6 2.c4 g6 3.Nc3 Bg7 4.e4 d6 5.f3
相手がゼーミッシュにするのを見た時ほっとした。勝負が
つくまで手数のかかる戦型は結婚式の晩には御免蒙りた
かった。
5...O-O 6.Be3 Nc6
KID ゼーミッシュに対してパノ戦法を採用した。黒は時機
を見て ...e7-e5 でセンターの黒枡を攻撃するのが狙いである。
7.Qd2 Re8 8.Nge2
白は d4 の地点を過剰に守って、黒の主要な戦略を遂行
させない。黒はd4 の支配が緩んだ時にセンターでの進
攻を実行する。それまではじっと待たなければならない。
8...Rb8
ルークを e8 と b8 に配置するのはGMウェステリネン
(Westerinen)の得意とした戦型である。他の戦型はルー
クをどちらか一方に置いて早く ...a7-a6 とポーンを突く組
み合わせである。どちらのルークの組み合わせでもそれ
ぞれ重要な戦法になっている。
9.Nc1 e5 10.d5 Nd4 11.Nb3 c5 12.dxc6e.p. bxc6
この進行なら 8...Rb8 の顔が立っている。b 列を支配し
b2 の地点を圧迫しているのが肝要である。
13.Nxd4 exd4 14.Bxd4 d5
白はポーンを得したが黒はセンターから反撃できる。黒
の代償は白がまだキャッスリングしていない点にある。
15.cxd5 cxd5 16.Bb5
16.e5 の方が良い。本譜の手は先手で利かそうという手
だが、予期しない黒の一連の大捌きが待っていた。
16...Rxb5 17.Nxb5 Nxe4 18.fxe4 Rxe4+ 19.Kf2
GMリー(Ree)の指摘では 19.Kd1 に逃げる方が安全だっ
た。
19...Qh4+ 20.g3 Rxd4 21.Qe3
白はクレイドマン(Kraidman)対ウェステリネン戦(ルガノ
(Lugano)オリンピアード、1968年)のように 21.gxh4 と指
すべきだった。それでも白の引き分けの可能性はあまり
ない。
21...Qf6+ 22.Kg2 Re4 23.Qd2 Bh3+ 24.Kxh3 Qe6+
白投了
白のルークが最後まで遊び駒のままだった。
******************************
ペレスが投了した時スニルは「結婚祝いをありがとう」と
言って破顔一笑したそうです。
このころは「Chess Life」1月号に全会員のレイティング一
覧が掲載されていました。それによると兄のアスカのレイ
ティングは1993年1月号では 1350、1994年1月号では
1493、1995年1月号では 1665 でした。居住地もアルファ
ベット2文字で示されていますが、1993年1月号と1994年
1月号では CA(カリフォルニア)、1995年1月号では NY
(ニューヨーク)となっていました。