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「ヒカルのチェス」(24)

「Chess Life」1999年1月号

1998年10月25日から11月6までスペインの地中海側のオロペサ・デル・マール(Oropesa del Mar)で開催された1998年世界少年少女選手権戦(1998 World Youth Championships)・11回戦にヒカルが米国チームの一員として参加しました。18歳未満から2歳刻みで10歳未満まで男女別で、計10部門に分かれています。ヒカルは12歳未満男子に出場し、5.5ポイントで92人中54位でした。下の写真の最前列左端がヒカルです。

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我々の12歳未満男子の部の代表は急速に有名になったヒカル・ナカムラである。彼はニューヨーク市に住んでいて米国の史上最年少でマスターになった。彼の検討の様子を見ていればその理由がすぐに分かる。いつものように彼はコーチで父親のスニル・ウィーラマントリ(Sunil Weeramantry)に付き添われて来た。父親は米国で最も敬愛され成果を挙げているチェス教師の一人である。この二人はずっと常勝のコンビだったが本大会では例外のない規則はないという警句のとおりになった。私が同行した大会でこの大会がヒカルが期待はずれに終わった初めての大会だった。もっとも彼の成績はまあまあで幾つかの好局も残した。いつかきっとこの大会で入賞を果たすと予言しても差し支えないだろう。

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「1998年早指しレイティング名簿」(1998 Quick Rating List)が発表されています。アスカは 1799、ヒカルは 1796、彼らの父親のスニル・ウィーラマントリ(Sunil Weeramantry)は 2298 でした。

また年齢別のレイティング上位3人が発表されています。アスカが 11-12 歳の部で 2122 で2位、ヒカルが 9-10 歳の部で 2237 で1位でした。特にヒカルの場合は2位が 1850 ですから段違いの強さであることが分かります。アスカの部門の1位が 2190 ですがそれをも上回っています。

(この号終わり)

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2007年07月07日 21:49に投稿されたエントリーのページです。

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