« 上杉くんの名前がグランプリに(2) | メイン | チェスの品格 »

「ヒカルのチェス」(25)

「Chess Life」1999年2月号

 1998年11月14日から11月18までパリ郊外のユーロディズニーランドのテーマパークで開催された14歳未満の少年少女の第5回世界子供快速チェス選手権戦(World Rapid Chess Championship for Kids)にアスカ・ナカムラが米国チームの一員として参加しました。全部で55ヶ国から157名の選手が3日間9回戦を戦いました。14歳未満、12歳未満の男女別4部門で戦われ、持ち時間は25分打ち切りです。アスカは米国選手中最高の成績で、12歳未満男子の部で6.5ポイントで45人中単独4位で、惜しくも入賞(3位まで)を逃がしました。アスカの感想が載っています。

******************************

 アスカ・ナカムラも結果に満足していた。「米国の代表としてディズニーに来られて誇りに思っています。2年前にも世界少年少女選手権戦(World Youth Championship)に米国の代表として出場していて、今年は経験が少し豊富でした。とても嬉しくやりがいがありました。」

******************************

 大会に参加した子供たちが一同に会しているのが下の写真です。紙幅の関係で写真を小さくしてあるので分かり難いですが左上隅で茶系統のオーバーを着ているのが渡井さんです。

Y070713A.JPG

 左上隅を切り出したのが下の写真です。

Y070713B.JPG

 米国チームが写っているのが下の写真です。左から二人目の白い帽子をかぶっているのがアスカで、そのアスカとミッキーマウスの間にいるのがカルポフです。
Y070713C.JPG


 アスカの棋譜が解説なしで掲載されています。

******************************

 アスカは手順組替え策で対戦相手のロシア少年を惑わせた。

カロ・カン防御(Caro-Kann Defense) [B14]
パノフ・ボトビニク戦法(Panov-Botvinnik Variation)
白 アスカ・ナカムラ(米国)
黒 Pavel Anisimov(ロシア)
パリ、1998年

1.e4 c5 2.c3 g6 3.d4 cxd4 4.cxd4 d5

Y070713D.JPG

5.exd5 Nf6 6.Nc3 Nxd5 7.Bb5+ Bd7 8.Qa4 Nb6

Y070713E.JPG

9.Qb3 Nc6 10.Nge2 Bg7 11.Be3 O-O 12.O-O a6

Y070713F.JPG

13.Bxc6 Bxc6 14.Rad1 Nd5 15.Nxd5 Bxd5 16.Qa3 Bc4

Y070713G.JPG

17.Rfe1 Rc8 18.Nc3 Qd7 19.Bg5 Rfe8? 20.Rxe7 Rxe7

Y070713H.JPG

21.Qxe7 Qc6 22.d5 Qb6 23.d6 f6 24.d7 Rd8

Y070713I.JPG

25.Qe8+ Bf8 26.Bh6 Bf7 27.Qxf8+! Rxf8 28.Bxf8 Qd8 29.Be7 黒投了

Y070713J.JPG

******************************

 黒は 19...e6 と受けなければいけませんでした。22.d5 で白の勝勢になりました。

 出だしはシチリア防御でしたが直ぐにカロ・カン防御に移行しました。白の 2.c3 に対する黒の応手で最も多いのは 2...Nf6 で、他には 2...d5 があります。2...g6 もある手で、この戦法を黒の立場から14ページを費やして解説しているのが次の本です。

「Chess Openings for Black, Explained」Lev Alburt 他著、CIRC 発行、552 ページ

 同書によるとカロ・カン防御の出だしは

1.e4 c6 2.d4 d5 3.exd5 cxd5 4.c4 Nf6 5.Nc3 g6

です。ここで白の最有力手は 6.Qb3 ですが本譜は 6.cxd5 Nf6 と指した理屈になっています。そこにこの戦法における黒の主張があるわけです。

 だから本文では白がこの戦法に誘導したように書かれていますが本当は黒が白の思惑をはずして自分の領分に引きずり込んだと言うべきでしょう。

 日本からもこの大会に参加していて「CHESS通信」822-824ページに「第5回ディズニー世界子供快速チェス選手権」という報告記事があり、次のような文で始まっています。

 『世界45ヶ国157名の子供たちが集い、第5回ディズニー世界子供快速チェス選手権が10月14-18日、パリ・ディズニーランドで華やかに開催されました。』

 参加国数と開催月が「Chess Life」と異なっています。ちなみに「CHESS通信」824ページに次のような記述があります。

『11月は都立高校の内申の決まるテストがあり、大会はその1週間前という日程でした。』

 この文からするとこの大会が開催されたのは11月と考えられます。自分が付き添って行ったのにどうして日付を間違えるのでしょうか?多分参加国数も「CHESS通信」の方が間違っているのでしょう。

(この号終わり)

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

About

2007年07月13日 15:51に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「上杉くんの名前がグランプリに(2)」です。

次の投稿は「チェスの品格」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。