« 「ヒカルのチェス」(25) | メイン | 「ヒカルのチェス」(26) »

チェスの品格

「戎棋夷説」(http://www.orcaland.gr.jp/~maro/diary/diary.html)の07/07/13付け記事に、「文藝春秋」の八月号に将棋の羽生さんと作家の小川洋子さんとの対談が載っていると書いてあったので買って読みました。羽生さんの対談はテレビでも本でもよく見ているのでことさら目新しいことはありませんでしたが、お二人の発言で次の個所が目に留まりました。

Y070718A.JPG

コメント (2)

Ashitani:

 大阪選手権で小川氏は熱心に観戦されていたことを思い出します。
 駒の底で時計のボタンを押すのは、大阪EPでよく見かける光景です。あそこで使用している駒はプレーヤーが持参しているものではないからでしょうね(だからといって模倣して良いとはいいません)。

Yamagishi:

>あそこで使用している駒はプレーヤーが持参しているものではないからでしょうね

そう、対局時計を自分に気合を入れるためかバンとたたく人も相手の持参した時計か主催者の用意した時計の時だけそうするようですね。

名古屋の佐々木さんの至言『対局時計はたたくものではなく押すものである。』

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

About

2007年07月18日 14:12に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「「ヒカルのチェス」(25)」です。

次の投稿は「「ヒカルのチェス」(26)」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。