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「Chess Life」
2001年12月号
「Larry Evans on Chess」
GM ラリー・エバンズ
「ルージン防御」
バート・ホーチバーグ、ニューヨーク市
質問 「ルージン防御」という映画でトゥラチ対ルージン戦に次の局面が現れた。
絶望的な時間不足の中でルージンは 1...Nxf4 と指した。トゥラチは 2.exf4 と応じ黒が次の手を封じて試合は指しかけとなった。傷心したルージンはうつむいたまま対局場を後にした。彼のナイト切りは実際は勝ちにつながる決め手だったのだが、ルージンには知るよしもなかった。我々にしても同様である。後になって初めて彼はその後の妙手に気付くことになる。
ルージンは精神を患い保養所で治療を受ける。差し掛けからどのくらいの時間が経過したかは映画では語られない。しかし何日かは当然経過しただろう。少なくともこれ自体異例のことである。指し掛けの試合は指定の日時に再開されるものである。もし一方の対局者が現れない場合は不戦敗となる。ルージンの自殺後彼のフィアンセのナタリアは彼のチェスのノートを見つける。彼女はそれを友人に見せ、信じられないことだがその友人はトゥラチと試合の審判員を説得し対局を再開させることに成功する。
ナタリアはルージンの代わりに勝ちを決める手を指し 2...Re3+ 3.Kg4 f5+ 4.Kg5 Kg7 5.Nd5 Rh3! 6.gxh3 h6+ 7.Kh4 Bf2# でトゥラチのキングを詰みに仕留める。大変見事で大変崇高である。もちろん全くのナンセンスであり、そもそも規則に違反している。審判がこのようなことを許すなんて想像できるだろうか。第一に対局者は自分で指さなければならない。第二に対局中にノーを見るなどははっきりした不正である。
ナボコフの小説は人格の破綻を描いている。ナボコフは音楽か美術を用いた方が良かったのかもしれない。しかし彼自身チェスを指すのでチェスの脅迫的な魅力を良く理解していた。映画はそれらのほとんどをとらえることには成功している。しかしチェスの現場(ナボコフの本には棋譜や図はない。映画のチェスの局面はイギリスのGMジョン・スピールマンの創作である)は無茶苦茶である。
チェスを愛する者として映画の中で右下隅が正しく白枡になっているチェスの局面が現れればほっとする。しかし我々は常識も高めていかなければならないと思う。大衆向けのメディアでのチェスの扱いで見え見えの不合理や愚行は言い逃れや黙認を許さず声高に批判すべきだと思う。
回答 バート・ホーチバーグ氏は「Chess Life」の元編集長だが、この件について2001年9月号の「Games」という雑誌にも記事を書いている。ナボコフの小説では普通の生活とチェスへの情熱の間で行き詰まったルージンが窓から飛び降りるところで終わっている。ナボコフは『ルージンが手を離し氷のような空気が彼の口に流れ込んできた瞬間、彼はどんな永遠が余儀なくそして容赦なく彼の前に広がっているかをまざまざと見た。』と書いている。これはベルリンの著名なチェス棋士で彼の友人だったクルト・フォン・バルデレーベンの1924年の自殺が基とされている。最近でもエストニアの若いGMのレンビット・オルが結婚の破綻とエリートの大会に招待されないことを苦にして同じようにして自らの命を絶った。
映画は息を飲むような映像の連続の後、まやかしの結末で終わる。プレビューの観客の1人でニューヨークのチェス・エキスパートは次のように笑い転げた。「1時間と50分の間みんな展開に引き込まれて魅了されながら座っていた。残念ながら最後の10分間はこじつけで、全くのでっち上げのラストだった。そこまでの映画のせっかくの評価がほとんどぶち壊しだった。」とGMロン・ヘンリーは書いていた。
しかしとりえもある。映画の最後の局面は技術的に正しい。黒は2ポーン損だが 1...Nxf4! 2.exf4 Re3+ 3.Kg4 f5+ 4.Kg5 Kg7 5.Nd5 Rh3! 6.gxh3 h6+ 7.Kh4 Bf2# で詰みで黒が勝っている。もっとも 1...Nxf4 には 2.Nd1! Ne6 3.Bxa6 で白が優勢のままだった。
最後にオランダのチェス作家のティム・クラッベの次の文章にとどめを刺す。「チェスの悲劇的な魅力を『男は弱過ぎて女が彼に代わって仕事を仕上げてやらなければならない』というフェミニストのパンフレットに変えるのにはある種の悲しい勇気が必要だ。」
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「ディフェンス」
ウラジーミル・ナボコフ 若島正・訳
河出書房新社 ISBN4-309-20328-0