第3章 クイーン・エンディング
3.5 実戦例
最初の例となる図106は1935年にモスクワでの大会で指されたリシツィン対カパブランカ戦からである。
図106 黒の手番
リシツィン対カパブランカ、1935年
駒の損得がなく黒から特に狙いや詰み筋もないのでこの局面は一見互角のように思われるかもしれない。しかし良く調べてみると黒にはいくつかの小さな有利があることが分かってくる。第1に黒のクイーンは中央のd5で強力に鎮座している。第2に黒のポーンは白よりまとまりがある。第3に白のポーンは弱いため白クイーンが守りに汲々としている。第4に黒キングは白キングよりもチェックから良く保護されている。
個別に見ればこれらの優位はわずかなものである。しかし合わせてみれば黒は陣形的に明らかに優勢である。カパブランカがどのようにこれらの要因を用いて勝ちを収めるかは非常に参考になるところである。
1...Ke6
白クイーンは受けの態勢にあるがb、d及びgポーンを守っている。だからキングを働かせなければ黒は何もできない。それで黒キングはd5の地点を目指す。
2.h4 f6
3.Ke3
白が 3.Qe2+ Kd6 4.Qe4 でd列のパスポーンを活かそうとすると黒は 4...g5+ 5.hxg5 Qxg5+ 6.Kf3 Qxb5 7.Qf4+ Kd7! で応える。この後もし 8.Qh6 ならば 8...Qd3+ 9.Qe3 Qxe3+ 10.Kxe3 で黒の勝ちのポーン・エンディングとなる。
3...Qc4
4.g3
黒は 4...Kd5 で圧力の強化を狙っていた。本譜の手の後では 5.Qg2+ と逆襲される。しかしこのポーン突きはキング翼を一層弱め、特にf3の地点にそれが現れている。以降の指し手でカパブランカは見事な手順でこの地点の弱みを利用した。
ボンダレフスキーは 4.Qb1! で白がもっと積極的に受けることを推奨した。確かに実戦よりも白に希望が持てるようである。4...Qc3+ の後 5.Qd3 Qxd3+ 6.Kxd3 Kd5 は黒勝ちのエンディングになる(7.Ke3 g5! 8.hxg5 fxg5 9.Kd3 h4 10.Ke3 g4、又はこの手順中 8.g3 なら 8...g4! 9.Kd3 f5 10.Ke3 Kc4)。しかし白は 5.Ke2! で反撃することができる。黒は 5...Qxd4 6.Qxg6 Qe5+ 7.Kf3 Qxb5 でポーンを得するが白は 8.Qg8+ Ke5 9.Qb8+ で引き分けの可能性が出てくる。クイーン・エンディングでの役に立つ一般原則はクイーンを受け一方に使うのでなく、常に積極的な反撃の可能性を追い求めることである。
4...g5 5.hxg5 fxg5
6.Qh2
驚くべきことに白は一種の手詰まりに陥っている。クイーン・エンディングでは非常に珍しいことである。6.Qe2 の後のポーン・エンディングは明らかに黒の負けである。6.Ke4 g4 7.Kf4 Kf6 8.Ke4 Qe6+ 9.Kd3 Qd5! も白にとって芳しくない。
比較的一番良い手は 6.Qb1 Qc3+ 7.Ke2 で、7...Qxd4 でポーンは失うが 8.Qg6+ Qf6 9.Qxh5 で白にも引き分けの可能性がある。
本譜の手から始まる反撃は成算のない手で負けを早めた。
6...Qb3+ 7.Ke4 g4!
8...Qf3# で詰むので白クイーンは受けに回らなければならない。
8.Qe2
8.Qf2 は 8...Qd5+ 9.Ke3 Qxb5 とこちらのポーンを取られる。
8...Qxg3 9.Qc4+ Ke7 10.Qc8
ようやく白が反撃の態勢を得たように見えるが手遅れだった。
10...Qf3+ 11.Ke5 Qf6+ 12.Kd5 Qd6+ 0-1
黒は次の手でクイーン交換を強制しポーン・エンディングを簡単に勝つ。
(この節続く)