第2章 ビルヘルム・シュタイニッツ(続き)
これの問題点はもちろん相手が何も間違わないかもしれないということだった。両者が完璧に指せば試合は引き分けに終わる。ホセ・カパブランカのような選手ならばこの結果を冷静に受け入れることができるかもしれない。しかし少なくともシュタイニッツ自身と彼の後継者のエマーヌエール・ラスカーには受け入れ難いだろう。実戦ではシュタイニッツとラスカーは時に大きな危険をこうむるかもしれなくても信じられないような手数をかけて相手のミスを誘うことがあった。エーべ博士によって簡潔で論理的に言い表されているように、シュタイニッツの理論にはほとんど機械的と思えるところがあった。しかし盤上では1895年ヘースティングズ大会でのシュタイニッツ対ラスカー戦によく表れているようにその極みに達することもあった。
黒の12手目の後のこの局面でラスカーは13.d5と指した。シュタイニッツは13.Nb8と引き14.h3に対してまた14...Bc8と引いた。さらに15.Nf5 Bd8と進み、大会記録誌の解説者のイジドール・ガンズバーグは次のように書いた。
『黒はこれで盤端に向かっての戦略的行動を完了した。これが良い戦略ならば現代における展開の理論はすべて誤っているに違いない。しかし一つの事実は心に留めておかなければならない。すべての駒を基地に集中させた黒は確かに襲撃を受けにくく、その陣地に対して白が軽率に進撃すれば黒は白の戦線を壊滅させてきっと優勢を勝ち取ることができるだろう。』
ガンズバーグは旧来の流派の選手だった。この文章の曖昧な表現にはモーフィーから駒を迅速に出し最良の地点に配置することを学んだことがうかがわれるし、彼の注釈には立派な抑制と思慮が現れている。もし白がうかつに攻撃すれば彼の企てははね返されただろうし、シュタイニッツの技量の受けの選手ならば特にそうだろう。しかしラスカーは組織的に自陣を強化し陣形の広さで大きな優勢を確保し-シュタイニッツはよく気にしないことが多かった-ついに勝利を収めた。
(この章続く)