「Chess Life」2009年8月号(1/8)
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右上 ナカムラが二度目の米国選手権をかっさらう
下 (これまでの)ヒカルのチェスライフ
チェスライフ・オンライン
インディアナポリスでのチェスの祭典
インディアナ州インディアナで8月1日から9日まで開催される第110回米国オープンの速報とブログに注目しよう。チェスライフ・オンラインでは・・・米国選手権者ヒカル・ナカムラと世界女流選手権者アレクサンドラ・コステニウクによる同時指導対局のハイライトについてお伝えする。
目次
表紙について
二度目の米国選手権者はチェスライフ誌上でご覧のとおり成長してきた。資料庫からの写真とセントルイスからの最近の写真でたたえる。
ヒカル「本当に何かを証明したくてこの大会に来た」
20ページ 表紙特集
ヒカル!
マコーリー・ピーターソン
ヒカル・ナカムラは今年の米国選手権戦優勝で頂点に達しようとしているようだ。世界級のガータ・カームスキーを含む参加者を打ち破り、めざましい活躍のロバート・ヘスを寄せつけなかった。ヒカルはこれでスーパーGMの仲間入りである。
表紙特集
ヒカル!
ヒカル・ナカムラは第一人者のガータ・カームスキーをも参加者に含むきら星のような今年の米国選手権戦で明らかに優勝候補だった。しかし最大の挑戦が、全国学校生大会の優勝が一番最近の実績だった17歳のGM候補からくるとは誰が予想しただろうか。
記 マコーリー・ピーターソン
写真 ベツィー・ダイナコ
ナカムラは率直さ、明敏さ、それにアメリカ中の自慢を斬新に融合させた
「現実的になろう。誰も9-0なんてならないよ。」ナカムラは第3回戦でGM候補のロバート・ヘスを破ったところだった。しかしヘスに引き分けの可能性を与えた自分の不注意な見落としに当惑していた。ナカムラは既に称賛余りある6万4千ドルの「フィッシャー記念」特別賞の可能性がなくなっていた。これは全勝で大会に優勝した選手に与えられることになっていた。前の日ヤーン・エールベスト戦でヒカルは後で「狂気の沙汰」と言ったクイーン捨てを敢行した。エールベストは交換損でお返しすることにした。「人と違ってコンピュータプログラムは基本的に自分は間抜けだと言っているだけである。」ヒカルは自分のウェブサイト「hikarunakamura.com」の大会総括でこう説明している。
間抜けであろうとなかろうとヒカルは黒で引き分けをもぎ取ることができた。そして第3回戦が終わったところでガータ・カームスキー、ユーリ・シュールマン、ジョシュ・フリーデルと首位に並んだ。皆すでに1引き分けを喫していたがヒカルにとっては意外なことではなかった。彼は無傷の全勝の可能性を「たぶん野球のワールドシリーズでピッチャーが完全試合を達成するのに等しい快挙で、起こりそうにない」と表現した。ちょっと考えてからこう言った後次のように付け加えた。「確かに過去に一度あったけど今とは事情が違います。」
ボビー・フィッシャーが1963-64年の米国選手権戦で全員を総なめにした時彼は20歳で既に5回米国選手権戦を制していた。当時彼は対戦した11人の選手よりはるかに抜きん出ていた。総当りの相手には米国の最強のグランドマスターのサミュエル・レシェフスキー、アーサー・ビズガイアー、それにラリー・エバンズがいたが他に3人のIMと無称号の2選手もいた。
45年後の状況は全く違う。大会の初めにフィッシャー賞について何人かのグランドマスターに聞いてみた。彼らはみな誰かがそれを得る確率は天文学的に小さいと指摘した。ウラジミル・クラムニクの元トレーナーでスペインのグランドマスターのミゲル・イリェスカスの話は代表的なものだった。「異なる世代の選手たちを比較するのはちょっと公平ではないと思う。なぜなら今ではチェスはプロスポーツだと認めなければならないからだ。30年前はそうでなかった。それにもちろんカパブランカ、アリョーヒンやその仲間たちの試合をチェックすれば何度も純然たるアマチュアと対戦していたことが分かる。フィッシャーの時代にはもちろん米国にもきわめて強い対戦相手がいた。しかし現在と比較することはできない。つまり、今ではどの大会でもフィッシャーに次いで2位になれそうなやつばかりだ。」
ナカムラも同じ意見で、自分と特にカームスキー、アレグザンダー・オニシュクそれにシュールマンは実力が非常に接近しているので、この中の誰も他の者全員を無傷で越えることはできないと言った。それにスイス式ではたぶん初めの1、2回戦を除けばインターナショナル・マスターやアマチュアが加わっていても最上位で楽な相手に巡り合えることはない。
ナカムラは春の不調から脱して今回のようなきつい大会でも2008年の好調を取り戻そうと決意していた。「前回よりもずっと多くのものが賭けられてこの大会に来ている気がします。」2005年の米国選手権優勝を引き合いにこう語った。「本当に何かを証明したくてこの大会に来ました。でも前回は私が優勝するかもしれないという期待がいつもありましたが、優勝候補だとは全然見られていませんでした。」
しかしセントルイスでは彼は明らかに優勝候補とみなされていた。だから週末の最終戦でナカムラが首位に立っていても誰も驚かなかった。しかし彼と並んでいるのが第17シードで17歳のロバート・ヘスだとは誰も予想しなかった。特にヘス自身そうだった。彼は大会終了後のインタビューで「勝ち越しだけを期待してここに来ました」と語った。
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(この号続く)