第2章 ビルヘルム・シュタイニッツ(続き)
チゴーリンとの接戦の番勝負では挑戦者の棋力の充実とシュタイニッツの緩やかな衰えが露呈された。そこでシュタイニッツはジャーナリズムと指導対局によって生活を支えながら『現代チェス教本』第2巻の著作に乗り出した。1892年には56歳になっていて通風によって足が不自由になっていたが同時代の者に畏敬の念を起こさせる猛烈なエネルギーと信念をまだ発露していた。1893年の終わり頃にモントリオールで同時指導対局を行なった時のことである。対戦者の一人に16歳のフランク・J・マーシャルがいた。彼はその時のシュタイニッツの様子を次のように印象的に生き生きと書き残している。
『シュタイニッツが私の前に現れた時彼をまざまざと見ることができた。彼は背が低くずんぐりしてひげを生やしていて顔が大きかった。彼が対局机のまわりを歩き回っている時にびっこを引いていることに気づいた。近眼の彼はそれぞれの盤のところで体をかがめ駒をじっと見ていた。私の盤のところに来るたびに私を励ますような笑顔を見せた。史上最高のチェス選手の一人である彼は勝利へのあくなき執念の持ち主で同時指導対局でも引き分けを嫌った。[フランク・マーシャル著「私のチェス50年」]』
(この章続く)