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チェス世界選手権争奪史(50)

第3章 エマーヌエル・ラスカー

 新世界選手権者のエマーヌエル・ラスカーは1868年12月24日にブランデンブルクのベルリンヒェンという村で地元のユダヤ教集団の朗詠者の息子として生まれた。兄のベルトホルトからチェスとその他の多くのことを学んだ。兄自身もマスター級のチェス選手で、医学を勉強するためにベルリンに住み着いたとき一時期市内の喫茶店で小額を賭けて自活していた。幼いエマーヌエルは兄にあこがれ、また敬愛する両親からも学業での成功を運命づけられていたので、11歳の時に同居するように兄のもとに送り出された。しかし彼もまた喫茶店で多くの時間を過ごした。父はとうとう彼を誘惑から遠ざけるのが賢明だと考えてランツブルクの町の学校に行かせた。そこで彼は驚くべき数学の才能を発揮した。

 大学に通うためにベルリンに戻った時彼は喫茶店通いも復活し2、3年を伝統的な学生のその日暮らしでおくった。1888年に当世風のカフェ・カイザーホーフが後援した毎年恒例の大会に初めて参加し、他の者はもちろん自分も驚いたことに全勝しかなり高額の賞金を現金で獲得した。何年もつましい生活を送った後でのこの賞金は若いラスカーに強い印象を与えたに違いない。いずれにせよ彼は大学での学業を一時放棄しもっと大きなことに挑戦することにした。そこで1889年にドイツチェス連盟が大会を隔年開催していたブレスラウに旅立った。その大会には「最高競技会」(候補者大会)があり、優勝者は念願のマスターの称号を獲得できた。

(この章続く)

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2009年10月05日 08:04に投稿されたエントリーのページです。

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