第3章 エマーヌエル・ラスカー(続き)
ラスカーは確かに激闘の末に「最高競技会」で優勝しそれと共にマスターの称号を獲得した。しかし彼の勝利はもちろん大会の呼び物であった国際大会でのタラシュの見事な初優勝によって影が薄くなってしまった。ラスカーは続いてアムステルダムでの小さな国際大会に出場し2位になった。それからドイツとオーストリアでのもっと小さな大会に出た。その後は前任者のシュタイニッツのようにイングランドで腕試しをすることにし、続けていくつかのささやかな成功を収めたあと米国に渡った。タラシュとの番勝負を挑もうとしたのはこの遠くはなれた避難先からだった。この間にタラシュはさらに二つの一流大会に優勝し、ヨーロッパで次期世界選手権者と広くみなされていた。ラスカーの挑戦をけった傲慢さは何年か後に逆の立場に変わった。その時戴冠していたのはラスカーで、番勝負を求めたのはタラシュの番だった。
ラスカーはタラシュの拒否に愉快な大胆さで応えた。それは代わりに世界チャンピオンのシュタイニッツに挑戦することだった。二人が当時米国にいたことは何かこれと関係があったに違いない。そして番勝負が成立しラスカーが勝った。
(この章続く)