「Chess Life」2009年8月号(5/8)
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表紙特集
ヒカル!(続き)
第6回戦に入っても状況はナカムラにとって一向に楽にならなかった。黒番で相手はオニシュクだったが、序盤から負けそうだったと後で感じた。「アレックスは非常に堅実なので引き分けでもよいと思っていました。だから黒番だったこともあり積極的に指そうとはしませんでした。毎試合勝とうとする必要はありません。少なくとも今のところは。」
しかしナカムラが 17...Bxe5 で事態の打開を図った時オニシュクは双ビショップと待望の主導権を得た。
「今日ならあの試合について何か明白なことを言えたらと思いますが、でもあの試合はこの大会で一番ひどい試合だったと思っていると言わなければなりません。」
規定手数の前に面白い収局の局面になった。
「ここで彼は 32.Bg5+ と指して僕を驚かせました。」チェスクラブ・教育センターの地下にあるすし詰めの控え室でこう言った。「僕が予想していたのは 32.Ra8 Ne6 33.g3 で、詰み形ができるに違いありません。」それは Kg2、h4 そして Bg5 からの詰みである。もし黒が2段目でチェックをかければ Kh3 から Kg4 の狙いが有力になる。
「白の一本道の勝ち手順はないですが直感的には黒の負けです。」代わりに 32...Nd7 なら 33.Bg5+ Kg7 34.Rd8 Nc5 35.Bf6+ Kh6 36.g3 で白には Rg8、h3 として詰み形を作る狙いがある。
実戦は 32...Kg7 33.Bf6+ Kh6 34.Bg5+ Kg7 35.Ra3 f5
と進み白はこのポーンを取らなければいけなかった。「ポイントはビショップの働く枡がないということです。ビショップはg5の地点にはまっているので、僕のナイトがe6からd4、c5、f4の地点に行けます。彼のビショップはg5ではさっぱり役に立ちません。」f6のポーンは白にとってなにがしかの価値があるがナカムラはなんとか半点をもぎ取ることができた。
ヒカルは明らかに以前よりも物の見方が成熟し自己認識も洗練されていてそれがよい方向に作用した。「引き分けと負けの差はとても大きいです。もし今日負けていてもまだ優勝する可能性がわずかにあるかもしれないけれどそれは非常に難しいことです。でも引き分けの後2回白番があれば十分チャンスがあるはずです。」
ナカムラには率直さ、明敏さ、それに最も米国人的ないばった態度がさわやかに混ざり合ったところがある。彼は確かに独断的で、尊大だという印象を与えかねないが、単純にそういう見方をするのは誤りである。彼を危険な対戦相手にしているのは生来の大胆さと結びついたこの自信過剰なのである。
ロシアの現チャンピオンのピョートル・スビドレルの言葉が最もよく言い表している。「今我々は同じチームの一員なのでヒカルを間近で注視する機会があった。」スビドレルとナカムラはフランスリーグの「エブリー・グラン・ロック」チームで並んで対局してきた[訳注 「エブリー」はパリの少し南の都市名、「グラン・ロック」はフランス語でクイーン翼キャッスリングの意味]。米国選手権戦の開始時に彼と電話で話した時にピョートルは休暇で家族と一緒にロシアのイワノボ北方のボルガ川沿いに行っていたが大西洋の向こう側に時おり注意深く視線を注いでいた。「非常に高いチェスの技術を持った者はたくさんいる。しかし彼らの多くがある意味であんなに血に飢えているわけではない」とはこのロシア人のコメントだった。
ナカムラとしてはどの一局の中でも自分の大望を和らげる必要があると感じていたように見える。オニシュク戦を引き分けで逃れた後、上位に強豪がひしめいているので1回多い白番で下位の選手と当たるはずの最終局あたりに勝ちを目指す方がよいと説明してくれた。「だからアレックスとの黒番ではがむしゃらに指す必要はないと思いました。無鉄砲に指したことは数限りなくあります。うまくいったときもありましたが、最近無理に勝とうとしてうまくいかなかったことがありました。それで手堅く指して様子を見ようと思ったのです。」
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(この号続く)