第3章 エマーヌエル・ラスカー(続き)
もちろんラスカーは彼より以前の誰よりも数多く人間とも対局した。初めの頃は彼のチェス心理の理解は比類がなかった。そしてタラシュのように心理的な弱点につけ込み易い相手に対して存分に活用した。しかし多くの評者はラスカーの試合によく見られる「心理的戦略」を見出した。そしてラスカーが敵の悪手を誘うためにわざと次善手を指すという見解が一般に広まった。次の局面はタラシュとの最初の世界選手権戦(1908年)の第2局だがよく引き合いに出される。
黒番のラスカーはここで 14...Ng4 と指した。タラシュは強く見せかけの捨て駒の 15.Bxg7! で応じた(15...Kxg7 なら 16.Nf5+ から 17.Qxg4)。そして「突撃」の 15...Nxf2
に対して 16.Kxf2? と指した。しかしここは 16.Qd4!
と応じていれば白の勝ちだった。以下は例えば(16.Qd4 のあと)16...Ng4 17.Rf1 f6(17...Qe6 なら 18.Nf5)18.Nh5 +/-
である。この試合の全体の解説はあとで出てくる。評者の中にはタラシュが 16.Qd4 から勝つにしてもいまひとつはっきりしない攻撃策をとるよりも1ポーン得で根拠のない「安全」な収局を選ぶことをラスカーが「知っていた」から 14...Ng4 と指したとしたり顔で言う者もいた。ラスカー自身の 14...Ng4 についての解説はその手を指した時の彼の心中を次のようにもっともらしく説明している。「これは良くない手だが黒は他に適当な手がない。」
(この章続く)