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チェス世界選手権争奪史(60)

第3章 エマーヌエル・ラスカー(続き)

 4週間後シュタイニッツは神経衰弱を発症してモスクワの精神病院に入院した。回復後は米国に戻りその後ヨーロッパへはチェスを指すために一度しか行かなかった(最後の大会出場は1899年のロンドンで、長いチェス人生で初めて入賞を逃がした)。彼はとっくに実戦から引退すべきだったのは確かである。しかし彼はつましい生活をまだ全面的にチェスに依存していた。たぶん作り話だろうが一辺の真実味のある逸話がある。彼の崇拝者の一人が人生で十分な栄光を得ているのにどうして引退しないのかと尋ねた。「栄光ならもう要らない」とシュタイニッツは答えた。「しかし私には賞金が必要なんだ。」シュタイニッツはロンドンでの不成績の後ニューヨークに戻り完全に神経衰弱に陥った。そしてウォードアイランドの精神病院に収容されそこで1900年8月12日に亡くなった。

(この章続く)

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2009年10月15日 08:26に投稿されたエントリーのページです。

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