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チェス世界選手権争奪史(66)

第3章 エマーヌエル・ラスカー(続き)

 ジークベルト・タラシュ博士は番勝負の頃46歳で、いくつかの点で少なくとも現代の視点ではかなりつまらない人物だった。もちろんほとんどの同時代の人たちに対しては十分好ましい印象を与えていた。1895年のヘースティングズ大会の本の編集者は彼を次のように書き記している。「最高の教育を身につけた人。この大会の観戦者は彼を非常に愛想がよくこぎれいで立派な身だしなみで、ボタン穴にいつも新鮮な花を挿している紳士と記憶するだろう。」彼をプロシア軍の支配体制への骨格を成す一般人やそれの意味するものすべてを象徴しているように思わせているのは服装や態度の几帳面さだけでなく明白な尊大さと時折かいま見せる傲慢さだった。それでも彼のチェスに対する愛情と献身は魅力的で立派だった。彼はかつてこう書いている。「チェスは愛や音楽と同じく人を幸せにする力がある。」そして選手としておよび著者としてのチェスに対する彼の貢献は、基準はどうあれチェスから得たのと同じくらいのありったけをチェスに注ぎ込んだと言ってよいかもしれない。

 選手や一人の人間としての彼の欠点については心理分析者のラスカーはもちろん熟知していた。番勝負の前夜に対戦相手について次のように書き記している。

 『タラシュ博士は思索家で深遠で複雑な考察が非常に好きである。しかし・・・彼は断固とした自信と勇気によって偉大なことが成される時の血を沸き立たせるような情熱に欠けている。』[ラインフェルド著「チェスの心理的側面」からの引用]

 タラシュのラスカー観は残っていない。しかしたぶん血を沸き立たせる情熱という隠喩(いんゆ)は少なくとも下品でつまらないと考えただろう。第1局の開始直前に行なわれるかもしれなかった二人の和解は次のように無に帰した。ラスカーの伝記作家によるとタラシュは握手を拒否し『こわばった軽い会釈をし「ラスカー殿、貴殿に対して私の言う言葉は『チェック、そして、詰み』の3語だけである」と声高に言った。』(ハナク)番勝負はこんな雰囲気の中で始まった。

(この章続く)

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2009年10月21日 08:25に投稿されたエントリーのページです。

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