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チェス世界選手権争奪史(72)

第3章 エマーヌエル・ラスカー(続き)

 しかしこの二人を対戦相手として見た時の一番の違いはヤノフスキーの方がずっと弱かったということだった。彼がなんとかラスカーとの対戦にこぎつけたのはピエール・ナルデゥスという裕福な後援者を持っていたからだった。ナルデゥスはどういうわけかヤノフスキーを天才だと思っていた。ラスカーがサンクトペテルブルク大会からの帰途パリに立ち寄ったときナルデゥスが彼と接触しどんな条件ならヤノフスキーとタイトルを懸けて戦うかと聞いた。ラスカー(身なりのよい人物を品定めしながら頭の中ですばやく計算している様子が想像できる)は途方もない要求を持ち出したが、たぶん彼も驚いただろうに交渉は終わりにならなかった。最終的に一種のお好み試合として4局戦うことで合意が成立した。その意図はもしヤノフスキーが善戦すれば今度はタイトルを懸けてもっと長い番勝負のためにお金が用意されるということだった。無邪気な人たちには大きな驚きだったがヤノフスキーは大健闘し2勝2敗で世界チャンピオンと互角に渡り合った。それから両者はタイトルを懸けて対戦しラスカーが7勝1敗2分で勝った。

 シュレヒター戦は全然異なる経過をたどった。交渉はタラシュ戦のあとまもなくゆっくりと進められた。最初はロンドンで30番勝負、お金がなかなか集まらないのでそれが15番勝負になった。最後はウィーンとベルリンで10番勝負にするしかないと決められた。そして1910年1月7日からシュレヒターの地元で始まった。

 世界選手権を懸けてたった10局の番勝負を戦うのは明らかに異例である。しかしシュレヒターの辛抱強い性向を考慮すれば、挑戦者がタイトルを奪うためには2点勝ち越さなければならないという規定を用心にも用心を重ねて盛り込まなければラスカーは全くの愚かだろう。シュレヒターは自分の課題が不可能にも近いことを十分分かっていたがそれを受け入れるしかなかった。このようにして待望の対決が真剣勝負というよりもお好み対局の性格を帯びるようになった。

(この章続く)

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2009年10月27日 08:27に投稿されたエントリーのページです。

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