第4章 ホセ・ラウル・カパブランカ(続き)
ほとんどのチェス愛好家にとって1920年代前半は退屈以外の何物でもないように思われたに違いない。実際は大違いで、チェスの考え方に一種の革命が起きていたことが広く感じられる。一群の新世代のマスターたちが第一次世界大戦後登場していて、シュタイニッツとタラシュがずっと以前に勝利に不可欠と断言した棋理に合った布局の指し方の原則すべてに背いているように見えた。振り返って見れば、彼らの教義の最も明快な解説である『チェスの現代思想』を書いた一番巧みな主唱者のリハルト・レーティの著作を通してこれらの「超現代派」(50年後の今では変な用語に見える)は驚くほど短い期間に今日我々が知っているようにチェスになくてはならない多くの考え方を確かに創案した。そして彼らの出現は明らかにチェスの発展において転換点を成した。これはもちろん真実の部分もあるが、関係者たち自身によるのと同じくらい時代の状況によって助長された幻想の部分もある。
ジークベルト・タラシュがシュタイニッツの教えの普及に乗り出した(即ち広く流布しようとした)とき彼は真の天才的な教育のやり方でそれを行なった。それは主として単純化の天才と言うべきものである。彼は一般的な原則を明解な表現による命令という形で教え込んだ。つまり「ビショップより先にナイトを展開せよ、序盤で同じ駒を二度動かすな」など精選された例によって例示したのである。彼の影響力はコントラクトブリッジのチャールズ・ゴーレンとほとんど同じだった。ゴーレンは熟達者の手札評価方法をいくつかの簡単な規則に変換した点数制を普及させたという意味で同じだった。両者の結果は同様だった。以前より多くの人たちがそれぞれの競技を理解し易くなり楽しんで行なうようになった。そのやり方が作り出した愛好者たちを利用して生活の糧を得る人たちが受けた恩恵は数え切れないほどである。しかし彼らの教え方は本質的に教条主義の傾向を持ち込むことにもなった。二人ともある程度「理屈を規則で置き換えることによって」大衆を教化した。そしてある段階を越えて上達するためにはどちらの競技も規則の背後にある理屈を見抜くことが必要である。
(この章続く)