<あの爺の言った通りになるとは・・・・>
「レニングラード・ダッチですか」
「対d4には、これを使ってたんだ」
「ということは・・・・結構、チェスをされてたんですね?」
「まあ・・・・昔はな」
「そうですか」
「駒を触ったのも、久しぶりだ」
「どうですか?久しぶりのゲームは?」
「別に・・・・ただの暇つぶしだ!」
局面は白の十一手目、老人の手番。
<ホテルのレストランに試合用セットと対局時計を持ち込むとは、この爺、ある意味、変人だな!!それにしてもだ・・・・随分と真剣に考えこんでやがるな>
海田康一郎は頬杖をつき店内に目をやった。客は康一郎たちを含めて五人。フロア面積は五十坪ほどの広さだ。
<駅から少し離れてるし、これといった売りがあるホテルではないな!まあ・・・・それでも、のんびりできる雰囲気はあるが>
対局時計のボタンが押された音がしたので、康一郎は盤面に目を戻した。
「ああ・・・・ようやくか」
「この歳になると、頭の回転が鈍くなりましてねえ」
「金がかかっているわけじゃあるまいし!!熱心にやるほどのもんじゃないだろう?」
「いやあ・・・・好きなことに没頭しているときが一番幸せなんですよ!」
その後は順調に手数が進んだ。早く終わらせたい康一郎、自分の描いた展開通りの老人、双方の思惑が合致した結果だ。
<さて・・・・これでいけるな!>
黒二十四手目、Rc2。
<うん、決まりだ!>
余裕の笑みを浮かべた康一郎に対し、老人は動じない。
<ポーカーフェイスのつもりだろうが・・・・もう、どうにもならんだろ!>
二分後、老人は静かに駒を運んだ。
<Nf3・・・・何のことはない、誰でも思いつく手ですか・・・・あれれ??待てよ・・・・まさか・・・・ええ~い、いけ!>
五分後、康一郎はKを盤に叩きつけた。
「くだらねえトラップに引っ掛かっちまったなあ」
「・・・・」
「・・・・帰るか」
「貴方は・・・・変わってませんね!!」
「はっ?」
「以前より、ひどくなっているかもしれない」
「何、言ってんだあ?ジジイ」
「自分に自信を持つ事と傍若無人に振舞うことの区別ができていない」
「おい!!こんな遊びごときで、テメエに説教されることはねえぞ!!」
「貴方のお仕事とやらは・・・・人に胸を張って言えるものですか??錦織さん」
<・・・・俺の本名を・・・・なんで??>
「このままだと、私の言っている意味を貴方が本当に理解するのは・・・・全てを失ったときですよ!!」