「高野君!昨日、君が出した企画書なんだが、やってみる価値はあるな!」
「ありがとうございます」
「有能な部下をもって、私も心強いよ!」
肩を叩いてエレベーターに乗り込んだ課長の背中を、高野直樹は軽蔑して見つめた。
<ケッ!馬鹿が!!テメエみたいな無能な上司に言われたかねえよ!!>
高野直樹の人生は順風満帆そのものだ。同期で誰よりも早く係長になり、社内でも、結婚するなら一番良い女、と言われた島村晴美と三年前に一緒になった。
仕事を終えた金曜日の夜、直樹は沢野千鶴のマンションに寄った。
「もうすぐ、御飯できるわ!」
「ああ。風呂沸いてる?」
「ええ」
千鶴との関係も一年になる。いい加減、単調な結婚生活に飽きてきた直樹には、良い刺激となった。可もなく不可もない毎日で満足する奴は能無し、と常々思っている直樹は、浮気しても気づかないと判断して、晴美と結婚したのだ。
食事の後、直樹と千鶴は二十分チェスを一局してから、快楽の時間を過ごした。
帰りがけに、千鶴が直樹に話しかけた。
「おととい、晴美が来たの」
「何か、言ってた?」
「そろそろ子供が欲しい、って」
「ふ~ん、そう」
直樹はマンションを出た。
<女なんて馬鹿な生き物だ!一人は浮気なんて頭になく、もう一人は友達のダンナと良い関係になっている自分に酔いしれてるんだからな!」
直樹が自宅のリビングに着いた頃、晴美は丁度、電話を終えたところだった。
「あら?おかえりなさい」
「ただいま」
「ご飯は?」
「すませてきた。風呂、入るよ」
「お風呂あがったら、一緒に飲まない?」
晴美はワインを手に微笑した。
ワインを飲み干し、晴美とブリッツ(通常は持ち時間五分の快速チェス)を始めた。いつもならブリッツで負けることのない直樹が続けて三局落とした。
<あれっ、酔いがまわったのか?千鶴の家でも少し飲んだからかな?>
気を取り直そうとした直後に、激痛がはしった。
「うっ、あっ、あっ」
直樹は口をおさえて倒れた。
「やっと、効いてきたみたいね」
「はっ、晴美!」
「直樹!楽しかったわ」
「なっ、な・・・・」
「千鶴に、手出してたの、知ってるのよ!」
「えっ・・・・」
「だって、前に比べたら、千鶴のチェスが良くなってたし。それと、彼女は昔、駒取りのときは相手の駒を取ってからだったのが、この頃は、自分の駒を掴んでても出来るようになったからねえ」
「・・・・」
「あなた、いつも私に言ってたわね『チェスで大事なことは、しっかりプランを立てること。まあ、チェスに限ったことじゃないけど』て・・・・すぐに千鶴も送ってあげるから、安心して死になさい!!」